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大阪地方裁判所 昭和58年(ヨ)848号 決定

申請人 佐伯一男

〈ほか六名〉

右申請人七名代理人弁護士 永岡昇司

同 出田健一

右申請人佐伯一男、吉岡京興、堀井サダ、篠原寛治四名代理人弁護士 木村吉治

被申請人 福島住宅株式会社

右代表者代表取締役 福島敏夫

右代理人弁護士 塩見利夫

同 山本忠雄

同 山口孝司

同 東幸生

同 松本藤一

被申請人 モリタ建設株式会社

右代表者代表取締役 森田勇

右代理人弁護士 曽我乙彦

同 金坂喜好

同 影田清晴

同 佛性徳重

同 清水武之助

主文

申請人らの本件仮処分申請はいずれもこれを却下する。

申請費用は申請人らの連帯負担とする。

理由

〔当事者双方の申立〕

申請人らは「被申請人モリタ建設株式会社(以下「モリタ建設」という)は別紙第一目録1記載の土地(以下「本件土地」という)上に建築しようとしている同目録2記載の建物(以下「本件マンション」という)のうち同目録3記載の部分(以下「本件建物部分」という)の建築工事をしてはならない。被申請人福島住宅株式会社(以下「福島住宅」という)は自ら右建築工事をなし、又は第三者をしてこれをさせてはならない。」との決定を求め、被申請人らは「本件仮処分申請をいずれも却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との決定を求めた。

〔当事者間に争いのない事実〕

一  被申請人福島住宅は不動産売買、仲介、建築土木工事請負等を業とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被申請人モリタ建設は総合建設工事請負等を業とする資本金二億五〇〇〇万円の株式会社であるが、被申請人福島住宅は本件土地を所有し、本件マンションを建築しようとしている施主であり、被申請人モリタ建設は本件マンションの建築工事(以下「本件建築工事」という)の請負人である。

二  被申請人福島住宅は昭和五七年一〇月二五日本件土地の周辺に居住する申請人らに対し本件土地にあった四戸一棟の二階建建物(以下「旧二階建建物」という)を取壊す旨通告し、同月二七日からその取壊工事に着手した。そこで、申請人らは被申請人らに話合いを要求し、同月三一日第一回の話合いが行われたが、被申請人らはその席ではじめて被申請人福島住宅が本件マンションの建築を計画していることを明らかにしたので、申請人らは直ちに本件マンション建築計画の変更を求め、被申請人らに建築計画変更の要望書を提出するとともに、その後同年一一月七日、一二月四日、昭和五八年一月一四日、二月一〇日、二月一二日、三月一日と話合いを重ねたが、被申請人らは六階建の建築計画の変更に同意しなかった。そして、被申請人らは昭和五八年三月一日の話合いの際、申請人らに文書を配付して、翌日から本件建築工事に着工する旨通告し、同月二日より着工したので、申請人らは同月八日に本件仮処分申請をする一方、被申請人らと折衝を続けた結果、同月一六日被申請人らとの間に別紙合意書及び協定書記載のとおりの合意を成立させた。

三  本件土地は、別紙概略図記載の通り、南側は幅四メートルの私道に、東側は幅八メートルの市道にそれぞれ接し、北側は東から順次別紙第二目録1ないし4記載の各建物(以下これらの建物を「①の建物」「②の建物」というように呼ぶ)の敷地に接している。

そして、本件マンションは、昭和五七年一〇月一九日建築確認を得て建築されつつあるものであって、高さ一七・四五メートル(塔屋部分は二一・七五メートル)、敷地面積二九五・一七平方メートル、建築面積二〇六・六一平方メートル、延面積一〇一七・三五平方メートル、建ぺい率六九・九パーセント、容積率二九六・六パーセント(容積率の計算においては一階駐車場部分一四一・八二平方メートルは延面積に算入されないので、延面積は八七五・五三平方メートルとして計算される)、住宅戸数一二戸、車両駐車台数八台の分譲共同住宅であり、北西部の屋外階段及び北側柱外壁は北側隣地との境界線から五四・五センチメートルに位置し、南側と東側とは、道路斜線制限の関係から別紙図面(二)ないし(五)記載の通り五、六階の部分を一部後退させることになっている。

四  本件土地の北側に所在する前記各建物の二階部分の主要開口部分の位置と方向とは別紙図面(六)記載の通りであって、本件マンションが計画通り建築された場合でも、申請人らの主張に従って設計変更をした場合でも、右各建物の冬至における日照時間に変化はない。

なお、本件土地及びその周辺地域はいずれも都市計画法上住居地域、準防火地域に指定されており、本件土地は建ぺい率七〇パーセント、容積率三〇〇パーセントの規制を受けているが、右地域は日影規制の対象とはされていない。

五  本件土地は阿部野地区から約一三〇〇メートルの地点に所在し、別紙付近見取図記載の通り、地下鉄御堂筋線昭和町駅より約五〇〇メートル、同谷町線文の里駅より約三五〇メートル、国鉄阪和線美章園駅より約七〇〇メートルの距離にあって、通勤・通学に著しく便利である。

そして本件土地の一〇〇ないし一五〇メートル西方には阪神高速道路大阪松原線が北西から南東に走り、同道路東側沿いの本件土地に近接する部分には、同道路のランプウエイ建設のための敷地が確保されている。又本件土地の南側約七〇ないし八〇メートルの地点には、幅員二五メートルの都市計画道路木津川平野線が計画され、同道路の阪神高速道路と接する地点より西側部分は昭和五六年春頃より供用が開始され、東側部分のうち国鉄阪和線に接する地点までは、既に用地も確保され、現在一時的に文の里町児童遊園地にあてられている。更に本件土地より東側約一〇〇メートルの地点には現在ほぼ南北に国鉄阪和線が通っているが、ここも近い将来三階建構造となって大阪泉北付属街路二号線との併用が予定されている。

〔申請人らの主張〕

一  申請人佐伯貞男及び同佐伯一男(以下「佐伯両名」という)は②の建物を、申請人吉岡京興は③の建物を、それぞれ所有してこれに居住し、申請人堀井サダは申請人宮川靖久及び同宮川ミサノ(以下「宮川両名」という)の所有する④の建物に居住し、申請人篠原寛治は山田万助所有の①の建物を賃借してこれに居住している者である。なお、申請人宮川両名は他に居住している。

二  本件土地周辺のいわゆる文の里地区は、古くから文教地区で学校も多く、戦前からの古い木造住宅が軒を連ねている住居地域であって、四階建以上の建物はほとんど存在しないし、四階建以上の建物の場合も周辺住民に対する配慮をした建築がされており、右地域の建築基準法による建ぺい率、容積率の上限はそれぞれ七〇パーセント、三〇〇パーセントであるが、右地域内の既存の三ないし五階建(但し五階建は一戸しかない)建物の建ぺい率は大体四〇ないし五〇パーセント、容積率は一五〇ないし二〇〇パーセントであって、本件マンションのようにこれらの値が建築基準法の制限値とほとんど等しいような建物は存在しない。

三  本件土地上に本件マンションが建築されると、まず、申請人らは従前に較べて著しい日照の阻害を受ける。即ち、

(一)  ①の建物には、従前冬至において午前八時から午後三時まで、春秋分においては午前七時から午後五時までそれぞれ日照があったが、本件マンションが完成すると、冬至で午前八時から午前一一時までの三時間しか日照が得られなくなる。

(二)  ②の建物には、従前冬至で午前八時からほぼ午前中一杯、春秋分においては午前七時から午後五時まで日照があったが、本件マンションが完成すると冬至には終日日照が得られなくなる。

(三)  ③の建物には、従前は年間を通じて終日日照を妨げられることはなかったが、本件マンションが完成すると、冬至には午後三時から午後四時までの間しか日照が得られなくなる。この建物に居住する申請人吉岡は七一才で左下肢機能が全廃し、大阪市より身体障害者手帳を交付されて、自宅二階で毎日二時間以上リハビリテーションとして日光浴をしているのであって、右の日照阻害は同申請人にとって深刻な影響を与えることになる。

(四)  ④の建物も、従前は年間を通じて終日日照が得られていたのに、本件マンションが完成すると冬至には午後一時から午後四時まで三時間しか日照が得られなくなる(実際は西隣のヤマト医院の日影もあるので日照時間はもっと短い)。この建物に居住する申請人堀井は八二才の老人であって右日照阻害によって深刻な影響を受け、申請人宮川両名は右日照阻害のため、その所有する右建物の価値を著しく低下させられることになる。

四  しかも、本件マンションは別紙概略図記載のとおり北側で敷地境界線から五四・五センチメートル、西側で二・五メートルのところまで建築されるため、本件マンションが完成すると、その居室や西北隅の屋外階段から①ないし④の建物の居室内をのぞかれて申請人らのプライバシーが侵されるし、近接した場所に高い建物が存在することによって著しい圧迫感を受けることになり、更には風害、電波障害、上下水道の水圧の低下による水道機能の低下等が予想される。又①ないし④の建物はいずれも戦前に建築された建物であるので、本件建築工事そのものによって家屋の傾きなどの被害が発生することも予想されるのであって、これらの被害は前記日照阻害と共に申請人らの受忍限度をはるかに越えるものである。

五  ところで、建築基準法上、建物の延面積の五分の一以内までの駐車場部分の床面積は容積率算定にあたって延面積に算入しないことになっているが、本件マンション一階の駐車場は充分な駐車スペースもなく、出入口も斜めにつけられて車輛が自由に出入りできるか否かも疑わしいものである外、本件マンション一階の天井の高さは二階以上の各階の天井までの高さ二・八メートルとほぼ等しい二・八五メートルであって、将来駐車場以外に転用する可能性があるので、本件駐車場部分は容積率算定上延面積に算入すべきである。又、外部階段も屋内階段とすべきであるが、仮にそうでないとしても申請人らのプライバシーを保護するためには完全な目隠しをつけるべきであり、そうすれば外部階段も床面積に算入されることになるから、いずれにせよ、本件マンションは容積率三〇〇パーセントを超える違法建築である。

六  本件土地は三〇〇・八二平方メートルという狭い土地であるから、最大限の経済効率を考えて六階建の建物を建てるのではなく、申請人らの申立通りに建築計画を変更して、本件マンションのうち、北側敷地境界線から八九・八センチメートルまでの側柱部分及び屋外階段部分を削除し、北面外壁の高さを七・八メートルとし、南へ三メートルセットバックをした上、その余の部分の高さを一〇・六メートルに制限することによって、被申請人福島住宅の経済性を損うことなく本件マンションの建築による日照阻害等の被害を受忍限度の範囲内に減少させることが可能である。

即ち、右の如く建築計画が変更されても、申請人らが冬至において被る日照阻害が回復されるわけではないけれども、右変更によって、申請人篠原は立春の頃より終日日照を受けることができ、同佐伯両名は四月に入れば辛じて日照を回復でき、同吉岡は立春を少し過ぎると終日日照が受けられ、同堀井は寒さの最も厳しい立春で午前一一時から午後一時までの日照が得られ、春分に近づくにつれて終日の日照に恵まれることになる。

又、被申請人福島住宅が大阪市に提出した設計審理申請によれば、本件マンションの建設費は一億三九五〇万円、土地費は一億三六五〇万円、合計二億七六〇〇万円であり、同被申請人が本件工事現場に掲示している分譲価格等の看板によれば「3DK六〇・一六平方メートル、二五八〇万円~3LDK九四・一四平方メートル三六八〇万円」とあり、代金二五八〇万円の3DKが六戸、3LDKが平均三三〇〇万円としても六戸であるから、分譲予定価格合計は三億五二八〇万円となる。これに対し、前記の如く建築計画を変更した場合には、3DK一戸、3LDK二戸が減少し、分譲価格は合計二億六一〇〇万円となるが、一階の駐車場部分を住宅に変更すれば、分譲価格は少くとも約七五〇〇万円増加するし、四階建の建物ではエレベーターが不要であって、建築費用も削減できるのであるから、被申請人福島住宅は十分に採算がとれるはずである。

七  本件マンションは分譲を目的とするものであって公共性はなく、しかもその建築によって申請人らに回復し難い被害を与えるに拘らず、被申請人らは周辺住民に与える影響については十分な調査もせず、建築計画図面の一部を住民に配布したのみで、本件マンションの建築によって申請人らがどの程度の日照被害を受けるのかを全く明らかにせず、誠実に話合う誠意すら見せない。

八  以上のとおり、本件マンションの建築は違法であり、もしこれが被申請人らの予定どおり建築されるとすれば、申請人らは前記の如く著しく受忍限度を超えた被害を被ることは必至である。

そして、申請人らはその建物所有権及び人格権に基づき本件建物部分の建築工事の差止を求める本案訴訟を提起すべく準備中であるが、本案判決の確定を待っていては、本件マンションが完成してしまって回復し難い損害を受けることになるので、本件仮処分申請に及んだ。

〔被申請人らの主張〕

一  申請人らの主張一の事実は不知、その余の事実は全てこれを争う。

二  本件土地周辺地域には戦前からの古い木造住宅が一部存在するものの、老朽化したため諸所で改築が行われているのであって、付近には店舗、事務所、モータープールなども多く、都市計画法上は住居地域と指定されているが、実態は近隣商業地域である。現に本件土地から半径約三〇〇メートル以内(但し阪和線の東側を除く)には三階建以上の建物(但し未登記は除く)が六九戸存在し、これに現在建築中及び計画中の建物(但し、本件マンションを除く)を含めると七五戸となるのであって、その内訳は、三階建が四〇戸、四階建が二六戸、五階建が四戸、六階建が三戸、七階建以上が二戸である。そして、これらの建物が建築された時期を昭和四〇年から五年毎に区分してみると、昭和四〇年以前のものが八戸、昭和四一年から同四五年までのものが一二戸、昭和四六年から同五〇年までのものが一六戸、昭和五一年から同五五年までのものが三三戸、昭和五六年以降のものが一八戸(建築中、計画中を含む)であって、右地域では中高層住宅の建築が一貫して増加しており、しかも昭和五一年以降はそのスピードが倍加していることが明らかである。又、右地域の建物の中高層化は昭和五五年以前までは分散して進行していたが、昭和五六年以降は都市計画道路木津川平野線(一部は同年春に供用開始)沿いに進んでおり、同道路が全面的に供用開始されれば、同道路よりわずか七〇ないし八〇メートルの距離にある本件土地周辺がいち早く中高層化するものと思われる。更に、本件土地の近くを北西から南東に走っている阪神高速道路の高さが一八・七一五メートルであって、本件マンションの最高の高さ一七・四五〇メートル(但し塔屋部分を除く)よりも高いことを考えれば、本件地域は既に中高層住宅地域に該当し、今後ますます中高層化することが予想される。

そして、本件土地は阿倍野地区から約一三〇〇メートルの距離にあるところ、阿倍野地区は、泉州沖に予定されている関西新空港が建設されれば、空港に近接するターミナルとなり、又大阪市の地域開発計画では阿倍野地区は新大阪、港区弁天町などとともに副都心として街区、街路の整備再開発などを通じ業務商業施設の有機的集約立地が構想されている上、大阪駅前地区とともに都心的機能整備地区として当面事業化の必要な地区に選定されており、阿倍野西地区では既に都市再開発法に基づく再開発事業が開始され、阿倍野東地区でも再開発事業の計画が練られつつある。しかも、大阪市は職住近接の理念を活かしつつ都心業務地の平面的拡大を中高層住宅によって抑えるため、都心周辺部に中高層住宅を建設するよう構想しているのであって、右のような情勢からしても、本件土地周辺は格好の中高層住宅建築用地として今後一層中高層化が進むものと考えられる。

三  本件マンションが予定通り建てられた場合における北側隣接地上の建物の日照は次の通りである。

(一)  ①の建物には、冬至において、従前は午前八時から午後四時まで日照があったが、本件マンションが完成しても午前八時から正午まで四時間の日照が確保され、春秋分では午前八時から午後〇時半までと午後三時半から午後四時までの合計五時間の日照が得られる。

(二)  ②の建物には、冬至において、従前午前八時から午前一一時まで三時間の日照があったところ、本件マンションが建てられても東側の窓を通じて午前八時から午前一〇時まで二時間の日照が確保できるし、又春秋分では午前八時から午前一一時まで、午後三時から午後四時までの合計四時間日照が得られる。

(三)  ③の建物には、冬至において、従前午前八時から午前一一時までと午後一時から午後四時までの合計六時間の日照があったところ、本件マンションが建てられても午後二時から午後四時まで二時間の日照が得られ、又春秋分では午前八時から午前九時までと午後一時半から午後四時まで合計三時間半の日照が得られる。

(四)  ④の建物には、冬至において、従前午前八時から午後四時まで日照があったが、本件マンションが建てられても正午から午後四時まで四時間の日照が得られ、又春秋分では午前八時から午前九時までと午後〇時半から午後四時まで合計四時間半の日照が得られる。

なお、申請人佐伯両名と同吉岡は当初四戸一棟として建てられた建物の二階部分を、申請人佐伯が四・五メートル、同吉岡が一・八メートル、いずれも南側へ増築しているのであって、本件マンションが建てられても、右増築がなければ、申請人佐伯両名は冬至で午前八時から午前一〇時までの二時間の他に午後三時から午後四時までの日照を、春秋分では午前八時から午前一一時半までと午後二時から午後四時まで合計五時間半の日照を得ることができ、申請人吉岡は冬至で午後二時から午後四時までの日照の外に午前八時から午前九時までの日照を、春秋分では午前八時から午前一〇時半までと午後一時から午後四時まで合計五時間半の日照を享受することができたのであるから、右増築による日照時間の短縮は申請人佐伯両名及び同吉岡において甘受すべきものである。

四  申請人らは本件マンションの建築によって日照阻害以外にも種々の被害が生ずると主張するけれども、まず、プライバシーについては、申請人らと被申請人らとの間に昭和五八年三月一六日成立した別紙協定書第一六項ないし第一九項の約束により被申請人らが型板硝子、遮蔽板目隠しの取り付け等の対策をとることになっているのであるから、被害が生じる虞れはない。

圧迫感については、本件土地は別紙概略図記載のとおり東側が八メートル幅の、南側は四メートル幅の道路とそれぞれ接している上、本件マンションは、東側と南側で右各道路より一メートル控え、西側は境界から二・五メートル控え、北側は一部は境界より五四・五センチ、大部分は八九・八センチ控えて建築されるのであり、その高さも六階の屋上部分までで一七メートルしかない。しかも、①ないし④の建物の北側は幅六メートルの道路に接しているのであるから、圧迫感を生じる虞れはない。

風害についても本件建物の高さが一七メートルにすぎず、①ないし④の建物は二階建であって、高度差がわずかであるから、その発生は予想できない。ちなみに、東京都の環境アセスメント制度で風害予測評価項目の対象とされているのは、住宅団地については一〇〇〇戸以上、高層建築物については高さ一〇〇メートル以上でかつ延べ面積一〇万平方メートル以上の大規模な事業に限定されている(東京都環境影響評価条例一〇条、一一条、同条例施行規則三条別表第一、東京都環境影響評価技術指針)のである。又、万一風害が発生した場合は前記協定書第一五項によりその対策についても合意ができているのである。

電波障害についても、前記協定書第一二項ないし第一四項で被申請人福島住宅が本件建築工事中及び工事完成後においてもその対策をとる旨合意済みであって、何ら問題はない。

上水道の水圧については、本件マンションの水道は本管よりの直接引込みである上、一度屋上の貯水タンクに貯水したうえ、放水する形をとっているので、近隣水道の水圧に影響を与えることはない。

五  本件マンションが建築関係諸法規に適合した適法な建築物であることはいうまでもないところであるが、良質の住宅の確保が急務とされている我が国において、大都市圏では庶民に良質、低廉な居住環境を付与するには、居住環境の良好な地にマンション等の土地節約型の集団住宅、即ち中高層住宅を建築するしか方法がないのであって、本件マンションは分譲を目的とするものであるとはいえ、その建築は社会的に極めて有用で価値の高い行為として、公共性を有しているのである。

六  申請人らは本件マンションにその主張の如き設計変更を加えることによって、これが予定通り建築された場合に被る被害を大幅に回復できるかのように主張するけれども、右設計変更をしたとしても、冬至においては日照時間に全く影響がなく、春秋分においても僅かに①及び④の各建物で二時間半の日照時間が増加するだけであって、①及び④の各建物は本件マンションが六階建である場合でもそれぞれ五時間と四時間半の日照が得られる以上、日照時間としては十分である。又、この場合でも申請人吉岡と同佐伯両名は自らその居住建物を南側へ増築しなければ、春秋分において五時間半の日照が得られていたのであり、設計変更という形であえて他人に犠牲を強いてまで日照確保を主張できる立場にはない。

一方、被申請人福島住宅が本件土地を購入するために要した費用は総計一億三四一七万円であり、本件マンションの建築費は一億三〇〇〇万円であるが、被申請人福島住宅はこれらの費用を銀行から借入れており、その金利は一日五万円であって、本件土地上にあった旧二階建建物を解体した昭和五七年一〇月二六日から昭和五八年五月一九日までで既に一〇三〇万円となっている。ところが、もしも申請人らの主張通りに本件マンションの設計を変更すると、その高さが一〇・六メートルであるから、一階二・八五メートル、二、三階各二・八メートルの階高を差引くと、四階の階高は二・一五メートルしかなくなり、四階自体の柱、梁、天井、床の仕上げ等に必要な高さを除けば、四階の居住区間として利用できる部分の高さは二メートルに満たない上、北側三メートルのセットバックにより四階の階段の建設ができなくなるのであって、本件マンションは四階建の建物としては体裁をなさず、売却可能なのは二、三階部分の六戸となる。そして、当初の売却予定総価格三億四四八〇万円が、一億六三八〇万円に減少することとなって、前記費用等の総計二億七四四七万円の回収すら不可能に陥る。

又、近時都市部における住宅の価格は著しく高騰して、平均年収の五倍にもなっており、庶民が住宅を購入する場合は各種の住宅金融機関から融資を受けて資金調達をする外はないところ、公的融資の方が民間融資よりも金利が安い上、融資条件も緩和されているが、住宅金融公庫の一般団地住宅Bの融資を受けるには、一団地一〇戸以上の販売がなされることが融資条件とされている。そして大阪府、大阪市のマンション購入資金融資及び厚生年金や国民年金などの被保険者住宅購入資金個人貸付等の公的融資は、いずれも住宅金融公庫の融資が得られることを条件としているのである。従って、前記の如く本件マンションの売却戸数が六戸になると、その購入のために住宅金融公庫の融資を受けることができないため、本件マンションの売却が困難となって、被申請人福島住宅の経営は逼迫し、倒産の危機にさらされるのであって、本件マンションに申請人ら主張の如き設計変更を加えることはとうていできないのである。

七  更に、被申請人福島住宅は、本件土地上にあった旧二階建建物を解体し、整地を済ませた上で付近住民に本件マンションの建築の了解を求めようと考えていたところ、旧二階建建物の解体作業中であった昭和五七年一〇月二九日申請人佐伯から本件マンションについて具体的な説明をせよとの強硬な申入れを受けたため、予定を繰上げて前記の如く同月三一日以降本件仮処分申請の後である昭和五八年三月一六日に至るまで申請人らとの話合いを繰返し、本件マンションの完成予想図、日影図、設計図書の一部、工程表等を配布して十分な説明を行ったのであって、この点においても被申請人らに落度はない。

八  以上の通り本件マンションの建築には何ら違法の点はなく、これによって申請人らが被る被害はその受忍限度の範囲内であって、申請人らには本件建物部分の建築差止を求め得る被保全権利はなく、又保全の必要性もない。

〔被申請人モリタ建設の補足主張〕

被申請人モリタ建設は本件建築工事によって申請人らの居住建物が傾斜したり等しないよう十分配慮する予定であるが、これについても別紙協定書第二項記載のとおり申請人らと被申請人らとの間で一応の合意が成立しており、申請人らに被害を及ぼすことはない。

〔当裁判所の判断〕

一  まず、疏明資料を綜合すると、一応次の事実が認められる。

(一)  被申請人らが本件マンションを建築しようとしている本件土地の北側隣接地上に存在する①の建物には申請人篠原が、②の建物には申請人佐伯両名が、③の建物には申請人吉岡が、④の建物には申請人堀井がそれぞれ居住しており、申請人宮川両名は右④の建物の所有者である。そして、申請人堀井は八二才の老人であり、申請人吉岡は昭和五七年一月二四日左大腿骨骨頭下骨折により左股関節人工骨頭置換術を行ったため、左下肢機能が全廃した身体障害者であって、現在リハビリテーションのため担当医師より一日に二時間以上日光浴をするよう指示されている。

(二)  右各建物の敷地と本件土地との位置関係、本件マンションの構造と規模、①ないし④の建物の主要開口部の位置と方向等は前記(当事者間に争いのない事実三)の通りであるところ、本件マンションが計画通り建築された場合には、①ないし④の各建物の別紙図面(六)記載の各二階南側開口部において、①の建物は、従前冬至に午前八時頃から午後三時頃まで、春秋分に午前八時頃から午後四時頃まであった日照が、冬至に午前八時頃から午前一一時頃までの約三時間、春秋分に午前八時頃から午後〇時半頃までと午後三時半頃から午後四時頃までの約五時間となり、②の建物は、従前冬至に午前八時頃から午後〇時半頃まで、春秋分に午前八時頃から午後四時頃まであった日照が、冬至には終日日照がなくなり、春秋分に午前八時頃から午前九時頃までと午後三時半頃から午後四時頃までの約一時間半の日照になり、③の建物は、従前冬至、春秋分とも午前八時頃から午後四時頃まであった日照が、冬至に午後三時頃から午後四時頃までの約一時間、春秋分に午前八時頃から午前九時頃までと午後二時頃から午後四時までの約三時間となり、④の建物は、従前冬至、春秋分とも午前八時頃から午後四時まであった日照が、冬至に午後一時頃から午後四時頃までの約三時間、春秋分に午前八時頃から午前九時頃までと午後〇時半頃から午後四時頃までの約四時間半になる(以上いずれも時間帯は午前八時頃から午後四時頃までに限定したもの。以下も同様である)。なお、②の建物は、本件マンションが完成しても、別紙図面(六)記載の二階東側の窓から冬至に午前八時頃から午前九時半頃まで約一時間半、春秋分に午前八時頃から午前一一時頃までの約三時間の日照を得ることができる。

(三)  本件マンションが申請人らの申立通りに設計変更された場合、①ないし④の各建物の冬至における日照時間は本件マンションが計画通り完成した場合と変りがないことは前記(当事者間に争いのない事実四)の通りであるが、春秋分には前記各開口部において、①、③及び④の各建物の日照は本件マンションの影響を全く受けないで右各建物には終日の日照が得られ、②の建物の日照時間は午前八時頃から午前八時半頃までと午後三時半頃から午後四時頃までであるが、これに前記東側の窓からの午前八時頃から午前一一時頃までの日照が加わって、合計約三時間半となる。

なお、本件マンションの高さ及びこれと①ないし④の各建物との距離を考えると、本件マンションが計画通りに完成すれば、右各建物に居住する申請人らが多少の圧迫感を受けることは避け難いものと推測される。

二  ところで、自らの所有地に建築物を構築するのは所有権の範囲に属する行為であり、他人がその所有地に建築物を存在させること自体から生ずる隣地の日照阻害等の被害は煤煙・騒音等を隣地に流入させることによって隣人の生活利益を侵害するいわゆる積極的侵害とは異り、従前その建築物が存在しないことによって享受してきた利益を阻害するいわば消極的な侵害に過ぎないのであるから、そのいずれの被害者にも等しく法的救済が与えられなくてはならないとはいうものの、このような消極的侵害について妨害排除としての建築の一部差止まで許容するためには、単にその侵害が社会生活上一般に受忍すべき限度を超えた(この場合は金銭賠償によって満足すべきである)というに止まらず、右受忍限度の逸脱が特に著しいと認められる程に違法性の強い場合であることを要するものと解すべきである。

そこで、本件マンションが計画通り建築された場合に予想される前記日照阻害等が、その排除のために申請人らの申立部分の工事の差止めを許さなければならない程、著しく受忍限度を超えるものか否かを検討する。

(一)  まず、本件土地の周辺地域の状況をみると、疏明資料によれば、本件土地を中心として描いた半径約三〇〇メートルの円内の地域(但し阪神高速大阪松原線の南西側及び国鉄阪和線の東側を除く)は、都市計画法上の住居地域であって、現在この地域の建物は二階建の木造住宅が大部分を占め、六階建以上の建物は存在しないが、既に三階建の建物が二一戸(学校、幼稚園を除く)、四階建の建物が八戸、五階建の建物が一戸建築されていることが一応認められる。

被申請人らは右地域に阪神高速大阪松原線南西側の地域を含めた上、都市計画道路木津川平野線沿いに中高層化が進展しているし、関西新空港の設置計画及び大阪市の阿倍野地区における地域開発計画が推進されつつあるから、本件土地周辺も急速に中高層化すると主張するけれども、疏明資料によると、阪神高速大阪松原線の南西側には一部商業地域が存在することが一応認められるので、本件土地周辺をこれと同一に論じることができないし、又、現段階においては、新空港予定地とされる泉南沖(これは公知の事実である)から遠く離れた本件土地周辺にいかなる影響が及ぶかは全く不明という外はない。

しかし、本件土地が前記(当事者間に争いのない事実五)のように、阿倍野地区から約一、三〇〇メートルの位置にあり、かつ電車及び自動車による交通が極めて便利であって道路網は将来更に整備される予定であることを考えると大阪市の副都心部に近い本件土地周辺地域においては、急速とまではいえないにせよ、有効に土地を利用するため将来中高層化が進むことは避け難いものと考えられる。

(二)  次に、本件土地及びその周辺地域における建物の建築については、建ぺい率、容積率等の規制はあるが、北側隣地の日照を保護するための日影規制は行われていないことは前記(当事者間に争いのない事実四)の通りであって、疏明資料によれば、本件マンションは建築関係行政諸法規の規制に適合したものとして建築確認を受けた上、建築されようとしているものであることが一応認められる。申請人らは、本件マンション一階の駐車場が将来居室とされる可能性があり、又、外部階段は目隠しを設置すれば床面積に算入されるべきものであると主張するけれども、前者は単に可能性をいうにとどまり、後者は目隠しの設置の仕方如何の問題に過ぎず、いずれも本件マンションが行政法規の規制に違反することを裏付けるには足りない。

(三)  又、本件マンションが申請人らの申立通りに設計変更された場合、申請人らは春秋分において前記認定の通りの日照を享受することになるが、右設計変更が行われなかったとしても、大阪市における春分の日出が午前六時二分、日没が午後六時一〇分、秋分の日出が午前五時四六分、日没が午後五時五五分であることは公知の事実であるから、①ないし④の建物の春秋分における日照時間は、本件マンション以外に日照を阻害するものがない限り、前記認定の時間に、日出から午前八時頃までと午後四時頃から日没までとの合計約四時間が加わることになる。

一方、疏明資料によれば、被申請人福島住宅は本件土地を一億三六五〇万円で購入し、一億三九五〇万円で、本件マンションを建築しようとしており、これらの合計二億七六〇〇万円の資金はすべて銀行からの借入金で賄っていること、本件マンションに申請人らの申立通りの設計変更を加えると、その五、六階分の居室がなくなるだけでなく、四階の階高が二・〇六五メートルしかとれないため、これから柱・梁・天井・床の仕上げ等に必要な高さを除けば、四階を居室にすることが不可能になり、分譲マンションとして売却可能なのは二、三階部分の六戸に限られてしまうこと、そして、その売却価格は合計一億六三八〇万円であって、被申請人福島住宅は前記資金を回収するどころか、却って、金利を度外視しても、一億一二二〇万円の損失を被ること、しかも、この場合、本件マンションの購入者は住宅金融公庫の一般団地住宅Bの融資を受けることができなくなり、ひいては他の公的融資も著しく制約されるため、本件マンションの売却が円滑に進まなくなるおそれがあることが一応認められる。申請人らは、本件マンションの一階から四階までの階高を適切に配分して、一階部分も居室にすれば、エレベーターも不要になるのであるから、採算はとれる筈であると主張するけれども、被申請人モリタ建設が本件建築工事に着工して既に約四ヶ月を経過した現在、右主張のような変更が可能か否か、可能であるとしても、右主張のように単純に収支が償うものか否かを判断するに足る資料はない。

(四)  本件マンションの建築に関する申請人らと被申請人らとの交渉の経過は前記(当事者間に争いのない事実二)の通りであって、疏明資料によれば、被申請人らは右接衝の過程で申請人らに対し本件マンションの完成予想図、地上面の日影図、設計図書及び工程表を提示し、建物配置図、四方の立面図を配布して説明したことが一応認められるし、申請人らが本件仮処分申請をした後も交渉を継続して、別紙協定書記載の如く、本件工事の進行に附随する事項はもとより、申請人らの電波障害、風害、プライバシーの侵害等についても詳細に防止ないし補償の方法を合意しているのであって、被申請人らは本件マンションの建築について申請人らの了解を得るために充分な誠意を尽したものと認められる。

そして、以上の諸点を綜合して考えると、申請人吉岡及び同堀井について存する前記事情を考慮しても、本件マンションの完成によって①ないし④の建物について生ずる前記日照阻害等は、未だ社会生活上一般に受忍すべき限度を著しく逸脱したものとは認めることができないものというべきである。

三  結論

してみれば、本件仮処分申請は結局その被保全権利について疏明がないことに帰するところ、疎明に代る保証を立てさせて右申請を認容することも適当とは認められないから、本件仮処分申請はこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書を適用して主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 中川臣朗 裁判官 松本史郎 大工強)

〈以下省略〉

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